斜陽

ネガティヴ音大生の憂鬱

白い朝の日のこと

 

その日はやけにはっきりと、朝がやってくるのを感じた。

暗闇の中で白い光が細くカーテンの隙間から覗いているのをぼんやりと眺めている。

珍しく昨日の夜のことを思い出せなかった。

一体どうやって寝たんだろう、お酒も飲んでいないのに記憶がないなんて。

 

ベッドサイドのスマホを手繰り寄せて画面を覗き込む。

一つの通知、彼からの、深夜、ありがとうと。

刹那、じわりじわりと蘇る記憶、鮮明に頭の中で再現される。

そうだ、またマイスリーを飲んでなんとなく寝るタイミングを逃して、そのまま気が大きくなって、彼に連絡した。

その後電話して、それで、その後。

 

ぐしゃりと前髪を握る。

彼の確信めいた言葉を思い出し、目眩がした。

ついに、ついに言われてしまった。

その確かな殺意にも似た強い意志が、私の心を貫いた。

分かっていた、その秒針の音は私にも聞こえていたから。

それでも縋り付いていた、その温かな幸せに。

私の世界をまるで変えてしまえる程のその凄まじいエネルギーに。

だからこそ捨てきれなかった、この淡い恋心と嫉妬心を。

彼はそれを全て見透かしていたんだ。

 

 

ーー俺が言えることじゃないけど、君も甘やかしてくれる人を早く見つけた方がいいよ

 

 

その言葉には刃物のような鋭さがあった。

ズプリと私の胸に差し込まれ血も溢れないほど深くまで沈んでいく。

知っているよ、そんなこと。

ずっと知っていたんだよ。

けど、でも、それだって、君は甘やかしてくれたじゃない。

私を好きだと言ってくれたじゃない。

その場の雰囲気がそうしたのは分かってる。

それでも、あの時の胸の切なさをだって忘れられないのだもの。

それだけでよかったのに、それ以上望むものなんてなかったのに。

 

あなたが誰を好きだっていい。

ただあなたの時間の僅かにでも私という存在があるのなれば、それだけでよかった。

あなたが私以外にも遊ぶ相手がいて、今週末はされを全て放り出してでも彼女の元に行っているのも、あなたの前では文句は言わなかった。

じゃあなぜ、これ以上あなたは私にどんな苦しみを強いるというの。

好きな人にそんな風に、言わせてしまった自分を、嫌いになりそうだ。

 

違う。

こんな恨みつらみはどうでもいいんだ。

ただ私は悲しい。

あなたの未来に私はいない。

私とのこの時間は過ちでしかない。

私はあなたの繋ぎとめられない。

 

私とのその女性は何が違うの?

一体どうしたら、その方に勝てるの?

私に何が足りなかった?教えて?

私にはあなたがよかった。

過ちなんて思って欲しくなかった。

あなたにとって、私はその女性の代わりだったとしても、私にとっては、あなたはあなたしかいない。

 

あなたの愛が欲しかった。

君だけだよと、ただその言葉が欲しかった。

あなたを私だけのものに、したかった。

 

 

 

想いがぐるぐると胸を巡り張り裂けそうなほど痛い。

涙が意識のないところで頬を鳴らし続けている。

好きだ、好きだとここにはいない彼の名前を呼び続ける。

分かっていた、もう限界だと、自分でも悟っていた。

彼のこれからのことを考えてしまう今、私は遊びと割り切ってしまえるほどの余裕はない。

だから、もう潮時なんだ。

潮時にしては遅すぎて、もう漕ぎ出し方も忘れてしまったかもしれない。

彼のいないこれからの海には恐怖しかない。

でも大丈夫きっと、今まで私に戻るだけだから。

 

 

 

涙は一定量出ると自動に止まるようにできているらしい。

頭がスッキリして、視界もクリアだ。

ゆっくりとカーテンをあければ、そこには美しい冬の朝。

いわし雲と澄んだ空気が清々しい。

 

握り続けていたスマホで彼とのトーク履歴を確認もせずに全て消した。

ずっと消せなくて、そのままにしてあった9月からの大量の履歴が一瞬で消えたのだ。

あーあと思った。

勿体無いとも。

 

そしてそのまま彼の連絡先を非表示に。

彼氏ができたら今度はちゃんとしたお友達になりたいからブロックはしない。

思えばずっと私たちはオトモダチのままだった。

誠実な関係にもなれず、消そうと思えばすぐに消してしまえるようなツールで仲良くなった気になっていただけ。

やっぱり私はバカなんだ。

 

 

素敵な人になろう。

彼のためじゃない、私のために私を愛す為に。

豊かな人になろう。

彼のためじゃない、私のために私として生きる為に。

きっと大丈夫、私はバカだけど、一途ないい女だから。

私のために頑張ろう。

きっと大丈夫。

 

 

白いね、真白いよ全て。

ピンと張った白い帆にキスをして、今あの美しい海へとこぎ出そう。

 

そう、それは白い朝のこと。